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国際空手道 円心会館 福岡支部 志免道場

糟屋郡志免町で空手道場を運営しています。空手界の理不尽な師弟関係を師範の目を盗んで告発するblogです。笑

和白道場 その2

前回からの続きになります。

定刻となり師範が、道場へ入ってこられます。

全道場生が師範へ挨拶をいたします。

「押忍!」

本田先生の奥様のブログでも紹介されていますが、道場は満員状態です。

且つ、道場の外では御父兄も見学しながらビデオ撮影されているではないですか。

準備体操から基本へと順調に進みます。

道場に来たときには、「スズメバチ」を警戒する「ミツバチ」だった和白の子達が、稽古が進むに連れてテンションが上がってまいります。

基本の突き・蹴りを自分の身体に打たせると、マジモードで打ち込んでまいります。笑

蹴上げでも自分の掲げる掌めがけてガンガン蹴って、かなり高い位置まで足が上がります。

かなり俺らは「やれるぜぇ~」のアピールを感じました。少なくとも、足の上がる高さはM参段(その男元福岡支部)先輩よりも上がることは間違いありません。笑

この熱気と御父兄のギャラリーの中、師範の指導にも熱がこもって参ります。

基本の説明も子供達にわかり易く、ユーモアを交えながら進んでいきます。

我々は道場に人が多すぎて、蹴りをするスペースもないまま基本が終わり、小休止です。

その時点で、通常の基本に費やす時間よりも押しておりました。

師範が本田先生に「何時まで稽古やれるの?」と確認されます。

本田先生も「時間が押しても大丈夫です。」と返答されます。

生徒達の熱気があれば、教える側もモチベーションが上がるのは当然です。師範も和白に来る前に、稽古プランを立てられてきてますが、生徒達の熱気にもっと深く丁寧に一つ一つの技を教えたいので、時間配分の予定が食い込んでいることは明白です。

本田先生の奥様から頂いたドリンクで我々は喉を潤し、稽古の後半へと突入いたします。

その3へ続く





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和白道場

久しぶりの更新です。

何故、更新していなかったのか、それは「ホームページについて」で、説明いたしますので、しばしお待ち下さい。

昨日、師範と一緒に和白道場へ稽古に伺いました。

道場開き以来ですから、なんと5年ぶりです。

凄くカッコいい常設道場ですから、お近くの方は是非、見学に行ってみてください。稽古風景は外からも見えますので。

稽古には師範と内弟子2人、自分、それと師範のところの「3姉弟」で伺いました。

稽古の時間が近づくにつれ子供達が道場へやってきます。

「!?」

明らかに動揺しています。そして即座に更衣室へと入り込みます。

「・・・・・・」

全く出てくる様子はありません。

次から次へと子供達はやってきます。

同様に全く、道場には入ってこず。更衣室から一歩も子供達は出てこないのです。

中はかなりギュウギュウ詰めのはずです。

その時点で、自分、内弟子2人、 「3姉弟」しか道場にはいません。

耳をすましていると

「道場に入れん。」と子供達は囁いています。

K生が自分に聞いてきます。

「なんで、道場に入ってこんちゃろ?」

そこで自分はあることを思い出しました。

「スズメバチが30匹で3万匹のミツバチを○す」

和白道場の子供達「ミツバチ達」は、自分達の道場「巣」に3姉弟「スズメバチ」が進入したことに警戒しているのだと確信しました。笑

K鈴はワールドチャンプのアニータと互角に戦いますが、K鈴を知っている小さな生徒達からは、むしろK鈴にチョッカイをだしてきます。優しいので安心なのでしょう。

ところが残りの2人。自分より小さい子を苛めたりということは絶対にないので、小さい子が怖がることはないのですが

逆にこの2人を年上の男の子達がビビッています。それも大会で活躍する黒帯の連中がです。

高宮道場では、あきらかに年齢・帯を超越し、この2人「食物連鎖の頂点」に立っているのでした。

そして稽古の時間が始まります。

その2へ続く


志免道場開設 1

本日は、志免町議選の期日前投票にいってきました。日曜日はクラスをもっているので、時間に余裕がないからです。

国政選挙は、この前の参議員選以外は選挙に行ってたんですが町議選ってあんまり選挙に行った記憶が残っていません。

ちなみに参院選は自民に入れたいけど比例で絶対に当選させたくない人物がいたので棄権しました。

なんで、選挙の話をするのか、それは「二宮みつよ先生」が深く志免道場を開設するにあたり、関係があるからなんです。


時は遡ること昨年の12月。時間的に余裕ができる仕事(空手は本業ではありません。ここは後で重要なポイントになります。)をやることになったことを師範に報告するところから始まります。

師範 「Tomy、道場開くか?」

自分 「押忍!」

師範の後押しにより道場を開くことを決定するところまでは、全く躊躇も問題もなかったんです。

問題は場所です。

師範 「この地区は先々、○○くんが道場を開くかもしれんけん、それ以外だったら、いいよ。」

元々、どこどこの場所で開きたいという希望があった訳ではない私は特段の問題でではありません。

自分 「師範、この地区(志免ではありません)には円心の道場がないのと人口の多さからも、ここをターゲットにしようかと思うんですけど?」

師範 「場所の確保が問題と、最初、生徒のおらん地区やったら、スポーツジムの空手教室で入り込んだ方が場所と宣伝をジムがやってくれるけん、検討した方が良いかもしっしれんね。」

流石、20年以上道場運営をやってますので的確なアドバイスです。

ここから年が明けるまで、この話を師範としただけで具体的に行動は起こしてませんでした。

体調を崩していたのと、バックに師範がいるので、あんまり切羽つまった感がなかったんです。この時点では。

ホームページ5

さてシリーズ物を2本抱えると、なかなか話が前に進みませんが、ちょっとづつ前に進めましょう。

さて、やっとホームページ作成から開放されると思ったのもつかの間、

師範 「自分、写真載せてないやん?」

自分 「必要ありますかねぇ。」

師範 「またぁ、自分だけ隠れようとしてぇ!」

「昇級審査」でも書いてある通り、上段へのガードは甘くてもネットに関してガードは、非常に高いのが自分である。

自分 「完了いたしました。」

師範 「いいねぇ!」

これで完成である。と思った矢先に

師範 「後は、ブログを加えないかん。」

自分 「!?」

師範 「ホームページの中身の更新は、頻繁に行う必要はないけど、道場の様子とかブログで毎日更新していかないかん。」

ホームページ その1で書いたとおり、そもそも師範は1999年時点でパソコンやネットに興味がなかったはず。それが恐ろしく、知識が進化しているのである。

まさにガラケーからスマホへ携帯が進化したかのごとく、 「多機能」への対応なのである。

自分 「ブログを始めました!」

師範 「スマホから見るとさ、見にくいけんスマホ対応にできるちゃろ?」

自分 「時間ください。」

師範 「よろしく!」

ここに到って、ようやく気がづいたのである。

これって、他のホームページが実装しているものは「福岡支部」のサイトも全部やるんだと。

なんと4/3からサイトを作成し始めて、このブログの内書いてある内容時点が4/8。

そして4/19時点では、更に状況は厳しくなっていっているのである。

その6へと続く

E藤参段 その2

昨日、師範から送られてきたメール13通。私も負けずに14通送り返します。

もちろん、このブログの対するクレームではございません。笑

我々は円心空手のさらなる普及(縄張りの拡張)と、福岡(修羅の国)における激しい競争(抗争)に勝ち抜く為に、色々と考えているのです。

国内の円心を引っ張っていく(武闘派)支部として、新たな試み(企み)を日夜考えているわけです。

さて、前ふりからも判るように今回、E藤参段の続編です。

新たな会員(構成員)となったE藤参段と入れ違いに私は、他県に仕事(お勤め)に出ることとなりました。

この時点で私は緑帯でした。私の先輩(兄貴分)に、陣ノ内先生と高島弟弐段と仲がよく、以前のように道場に通えない私の代わりにE藤参段が、かわいがってもらったわけです。

E藤参段は、入る段階ではかなり強引な勧誘(拉致)をされて入会しましたが、○○ザが女性にやる手口のように、激しい組手(暴力)と、

師範からの「いいよ、Eトシャン!」というお褒めの言葉(激しい抱擁)にE藤参段は、円心空手にはまっていきます。完全にストックホルム症候群です。

ダイエット目的で入ったE藤参段は、どんどん稽古にはまり、そのうち試合に出場し活躍したいと(抗争で名を上げたい)と考え始めます。

こういう会員は師範(親父)は大好きです。元々、師範が直接勧誘(スカウト)した生徒(若衆)ですから可愛くないわけがありません。

ところがこれを面白く感じない古参の道場生がいたのです。そうです前述の2人の兄貴達です。

この兄貴達は師範(親父)が道場(組)を立ち上げてた初期から支えてきた道場生(構成員)なんです。

それが、新しく入ったE藤参段(鉄砲玉要員)が、いつのまにか師範(親父)のお気に入りの生徒(愛人)になっている感じが、おもしろくないんのです。

しかし、この兄貴達が師範(親父)から、冷遇される理由はあったのです。

これ前・後か前・中・後編くらいで書くつもりですが、長くなるのでE藤参段 前編→その1に替えます。

その3へ続く

ブログについて

さて、E藤参段をネタにしたは、いいが本日、師範とウエイトをやってる最中に

師範 「Tomy、俺の教えた技術を忘れてしまっとるね! 補講よろしく」(だいたいの意味はこんな感じである。)

自分 「押忍

円心空手は黒帯になったからといって、安泰ではないのです。

雲のジュウザ気取りでは、拳王には通じても、うちの師範には通じないのです。

さて、本題に入ります。
ウエイトが終わり食事を取ります。

おもむろにスマホを取り出し、他流のホームページを開きます。ホームページのレイアウトもプロっぽさが伝わってまいります。

そのページを見ると素晴らしい道場です。設備も整い、少年部も充実し雰囲気の良さが伝わって参ります。

そして道場の「ブログ」を開き、私に見せていただきます。

師範  「これ昨日の稽古の内容とか「写真」とか入って、稽古の内容とか入っていて「簡潔」でいいよね。」

そうです、あきらかに師範は、この「ブログ」に対し、牽制球を放ってまいりました。

自分  「いやぁ、素晴らしいです。真似できないですね。
(ギンギラギンにさり気なく、そいつが俺のやり方~!とK生ばりの歌唱力で、さり気なくブログの方向性の変更を拒否します。)

師範 「うちの嫁にブログをさせないかん。ブログって簡単に作れると?」
(流石師範です。この一瞬の攻防で、この男ブログの方向性を変える気がないという事と、下手に無理強いすると、このネタで俺をディスるに違いないと計算されたのでしょう。)笑

自分 「押忍、簡単です!」

まぁ、本日上記のやりとりがあった訳です。もちろん私も一般的な道場のブログや文章の量をしっています。

写真なし、稽古風景なし、全て文字のみで量も膨大という、道場のブログは全く思えない代物。

その内容も空手に関係してる話をしていると見せかけて、本題は自分と師範の会話や出来事で構成された目的不明な代物。

また、ブログとは思えぬ長文にまぶされた比喩や笑いにもちこむ為の引用元が、マニアック。

まさに読者に対し参考画像

でも自分の場合、日記的なブログより本田先生のブログように、自分の考えや思いを述べてるようなブログの方が面白いと感じます。
しかし、真面目で難しい内容は読みにくいですよね。多分、自分が書くとそうなります。

また主義・主張を笑わせる為に変節するのも嫌なんです。

だから師範と自分の日常でのエピソードを中心に、福岡支部(修羅の国)で師範(羅将)の下、汗(血)を流す仲間達との生き様(死に様)をよい思い出(訴訟の際の証拠)として記録しておきたいのです。笑

E藤参段 その1

本日は志免道場の稽古の前に、足のウエイトトレーニングを行います。
昨日の時点で、体重が65.4kgということは間違いなくスクワットの重量は落ちるのが目にみえてますから憂鬱です。
不思議なもんで、重量が上がっても空手が強くなる訳じゃないと理解しながらも、今まで挙げていた重量から落ちると空手が弱くなるイメージなんです。取りあえず132.5kgがパラレルかフルか微妙な下げ方で1発。
素直に重量を下げて、
127.5kg×3、127.5kg×2、122.5kg×5と来週へ期待します。

さて、本日はE藤参段について語りたいと思います。
彼は自分の高校時代の同級生であり、この素晴らしい福岡支部(広域指定空手団体 林組)に私が誘いました。 (親子の杯を交わす段取りを組みました。)

元々は運動不足を「ジム」で解消するなど生ぬるいことを抜かしてましたので、私が一計を案じます。

自分 「師範、自分の同級生がジムに通うとか行ってるんですが?」

師範 「いかんめぇもん。何でうちに入らんと?高校の空手部の友達やろおもん。怒」

思った以上にこっちにトバッチリが飛んできます。

自分 「正にそうなんですが、自分の力じゃなんともなりません。つきましては師範(親父)にお願い(ケツ持ちをお願い)したいのですが。」

師範 「そのE藤くんに電話しなさい。」

さすが、仕事のできる人間はその場で対応です。私も即電話をいたします。

自分 「あ、Eトシャン、ちょっと電話変わるけん」

師範 「あ、円心会館の林です。E藤くん、無断で稽古休んでるけど、どういうつもりなの?」

E藤  「え、いや、まだ自分、入門してないと思うんでですけど。」

まぁ、当然の反応です。でも彼は師範の本当の凄さを知りません。その時点では。

師範 「月謝も払わない。稽古にもこない。どういうつもりなの君は?それで、何時稽古に来るの?」

全くE藤参段の返答は師範は聞いていません。というか、E藤参段の発言を飛ばして読んでも、問題がないくらいに見事にスルーしています。

E藤 「来週、伺います。」

流石です。散々、私には入門しないと行っていましたが、師範にお願いをしたら1分足らずで陥落です。

こうやって、新規会員(鉄砲玉)を確保したと私は思っていました、その時までは。

続きます。

ホームページ 4

まずはランニング。今日も先週と同じでした。orz 足の疲労が取れてなくて、走り始めた時点でまずいと感じます。そして終了後体重を量ると65.4kgと減量してるわけでもないのに順調に落ちてます。体重落ちてランニングのペースが同じとは最悪です。
このやるせなさをブログ「師範」にぶつけながらスタートです。

さて、志免道場の内容ですが、福岡支部のコピーをすると間違いなく理研のOB方氏のように、容赦ないバッシングが「師範」から飛ばされるのは明白です。

まぁオリジナルを書いたの自分と師範ですので、コピーしても問題ないのはわかっていますが、こういう手抜きを許さないんです。うちの師範は。しかし、逆に同一人物が書くので同じ内容になってしまうので、取りあえず福岡支部からはプロフィールの年号だけは参考にして、一から作成し直しとなります。

まずは面倒くさいので、以前は細かく分けていたメニューの部分を極力減らします。
ん、取りあえず打ち始めると順調に内容が書けるではないですか。
そうです、このブログも書き始めてる時点では、着地点は見えていません。出だしだけ悩むのです。後は私の後ろに立つ幽波紋(スタンド)が、 「オラ、オラ、オラ、オラ」と本人にも無意識にキーボードをラッシュします。

「スタープラチナ ザ ワールド」 時が止まります。

「なんか自分の紹介のページの分量が師範よりも多くねぇ」

これは不味い。非常に不味い。こうゆう「長幼の序」的な部分は師範は重視されます。
まさしく、宮城県知事のごとく師範からご指導を受けるに間違いありません。

私の高校の先輩は「今の最後の言葉はオフレコです。いいですか? 皆さん。絶対書いたらその社は終わりだから」
と、この一言で大臣辞任まで追い込まれしたが、私の場合、この世から辞任をさせられ、人生が終わるリスクがあります。笑

そこからは、 「師範」から伺ってきた数々のエピーソード(衝撃映像100連発)と師範の今までの「生き様」(虎の生態)をなるべく一般の方に理解してもらえる様(ショックを受けぬ様)、歯に衣をきせずに(奥歯に物がはさまった様に)書いたつもりです。

「出来上がった!」

メールでアドレスを連絡し、早速、師範に内容をチェックして頂きます。

師範 「Tomy いいやん!」

「やった!」

これで、ホームページ作りから開放されると思っていました。その時までは。 その5へ続く

非常に助かりました!

さて、先週の水曜日が入学式だったので志免道場はお休みだったのんで、1週間ぶりの稽古となります。

学校も新学期で始まり、今までは学校についても誰もいなかったのが、着いたに時にはまだ生徒が残っています。早速、体育館の鍵を開け照明をつけると、先ほどまで着いていた照明がぴくりとも反応しません。どっちにスイッチを切り替えても点くそぶりがないのです。

途方にくれてると、バスケの部活が終わったばかりのI騎が到着。早速、尋ねます。

「さっきまで点いとったやろ?別にもとの電源のスイッチがあるの?」

「先生、スイッチが逆。グリーンが消灯。レッドが点灯。」

ナトリム灯なので消したばかりだと反応が異常に悪く、両方試したんですが、3分放置してもどっちも反応がなかったんで判らなくなったわけです。現役の東中生徒がいてくれるお陰で大助かりです。30年以上前のバスケ部OBは完全にテンパってました。笑

今日もF崎2兄弟が来てくれてます。さらに西先輩も手伝いに駆けつけてくれました。自分を合わせて総勢12名。ミットを持てる子達が来てくれると稽古がやりやすいので、自分は非常に助かりますので大感謝です。
また是非、西先輩来てください。

自分の場合は、こうやってアクシオンの子達でミットが持てる子達が来てくれるのでいいのですが、師範が最初、高宮で道場始めた時のことを想像するとゾッとします。

まず円心の技は初心者に説明するには、技を実演しないと伝わりません。でも、ミットの持ち手も技を理解してないと、技が実演できないのです。当時は師範の他は円心空手の経験者がいなかった訳ですから、技を演じるのもミットを持てるのも師範だけなのです。これでは、技を実演して説明するのは、かなり苦労されたはずです。一から福岡の地に円心空手を根付かせるのはかなり大変であり、その財産を活用できる我々は非常に恵まれ、師範に頭が下がる思いです。

さて技の実演で思い出しました。15年以上前の話です。師範の技の実演で、内腿蹴りから表投げの技の説明の時に私が相手でした。

まず自分がローを蹴ります。師範がシンブロックをします。既にこの時に私の白魚の様な脛はサポーターをつけていても悲鳴があがります。師範もサポーターをつけているんですが、ゴムが緩かったので時おり肝心の師範の脛の位置にスポンジがないんです。

更に内腿蹴りを私はくらいます。その時点で、 「痛み」でダウンしようとするのを

師範「内腿蹴りはローじゃないけん、効かすちゃなくて内から外に相手の足を崩す。」言いながら、 「痛み」で倒れかけている私を「ベンチ160kg」を挙げる豪腕で引きづり挙げます。「相手が内腿蹴りで倒れなかったら、表投げにつなぐと。」と既に倒れているも同然の私に更に表投げが襲いかかります。完全な「オーバーキル」です。

やっと開放されたと安堵の息をついてる私。すると後輩が「師範、もう一回お願いします。」
温厚な私が後輩に初めて○意を覚えた瞬間です。

こう言う話を後輩にすると師範はおっしゃいます。
「Tomyは大げさなんよ。加減しようちゃけん、痛くないんよ。」

この動画をご覧ください。

後に私の発言が証明された瞬間です。金属バットより硬い脛にローを打ち込み、更に私の足に師範の脛が当たる訳です。加減してるとはいえ、「モース硬度4オーバー」の硬い脛に私の靴よりも重いものを挙げたことのない足が耐えられる訳がないのです。笑

審査会

昨日は昇級・昇段審査会が行われました。

自分が黒帯になった時の感想ですが、「これで、審査受けなくていい。」でした。
黒帯を取るまで、計9回の審査を受験しました。「飛び級」なしです。うちで「飛び級」というのは、かなり難しいんです。大会で結果を出す。稽古の出席回数が多いのは当然として、円心空手の技術が、その帯のレベルとしてずば抜けていないと絶対に無理です。

自分も地方や全日本で試合をして、世界・全日本チャンプとも対戦しましたが、ポイントを取られた負けや、ダウンを奪われた事はないので、可でもなく不可でもないレベルだったので当然です。しかしE藤参段は九州大会を数度制し、全日本で優勝。稽古もかなり真面目に出席をしましたが、「飛び級」はなしでした。

ん?この二人の共通点。そうです。「技」を使わない(使えない)のです。2人とも同じ様に見えますが、両者には違いがあるので、それはまた別の機会に書きましょう。

このE藤参段は、バリバリの組手大好きです。当然、受験者の対戦パートナーも積極的に務めます。
さて審査の最終段階の組手が始まります。うちは、「サバキ」という相手を痛めつけずに制圧できる技術があり、この技術を追求してますので、

師範 「上級者は技(サバキ)を使うように。」という指示をいたします。

しかし必ずこの審査の時にE藤参段には、更に「相手を怪我させないように」という追加オーダーが入ります。

当然です。前回の審査で、O本さん、H田くんを膝で撃沈しているのです。

組手が始まります。流石、E藤参段です。自分が受験をしてる訳でもないのに、師範から「だから技を使え。」と受験者よりも熱い指導を受けます。当然、自分も褒められるレベルではないので目を伏せます。
そうです、黒帯になって審査を受けなくてもいいと安心してたのが間違いなのです。審査の相手を行う際に、黒帯もチェックを受けている訳です。

審査のフィナーレとなる連続組手に移ります。自分よりも半年早く入っていたO方さん60歳での5人連続、見事完遂です。久留米のY田さんも力強い組手で完遂。内弟子の雅貴では、投げを使ってポイントを取ります。全日本チャンプの山本くんも投げられますが、即ポイントになりませんが体落しで応戦いたします。ここまでが5人連続組手です。

さらに内弟子の健太の7人連続が始まります。パンチが強く、なかなか黒帯も手こずります。当然、私も対戦相手として7人目に出場し、見事に左上段回し蹴りをもらいます。
まさに後輩たちに上段ガードの大切さを自分の身をはって指導したといってもいいでしょう。(笑)

最後にK鈴の10人組手です。K鈴は体格の優る女子の世界チャンプ、アニータと対戦しても互角にやるという逸材です。4人目で私が対戦いたします。
私の前の3人ともK鈴のステップワークの為に、なかなか自分達の組手スタイルに持っていけません。

ここで私は一計します。円心の組手パターンに対応してくるなら、イレギュラーなパターンで攻めよう。
他流の有名選手の超絶劣化コピー組手スタイルです。全く掴む気なして打撃で攻めます。それも念入りに30秒で別の選手のスタイルに変更します。

流石のK鈴も、捌く気もなく打撃のみの20年前の有名選手のスタイルは噛み合いません。
途中なんか私の顔にパンチが当たって気がするのですが、気のせいでしょう。1分間、終わった後、自分の足が無茶苦茶疲労してます。普段、やらないスタイルは負荷がかかります。

そして無事、K鈴は10連続組手を完遂し、女子として福岡支部初の少年部・一般部の両方で黒帯を取得いたしました。K鈴、おめでとう!

と思っていたのですが、審査終了後、私に「あんまりムカついたけん、パンチで顔面狙ってやったけん!」

そうですK鈴は師範のゲノムを受け継いだ正に「子虎」だったのです。笑

これは、いかんわ。

昨日、アクシオンの稽古終了後、陣ノ内先生と一緒に作業を行いました。
F崎ファミリー、健太にも手伝ってもらい、本当にありがとうございました。
同じ時間帯に他流派の方も稽古してますが、円心の方が多いのですが、長く陣ノ内先生が続けてきた成果です。

さて、タイトルの「これは、いかんわ。」ですが、このブログのことではありません。笑
一部の読者の方(師範)は、「やっと気がついたかTomy!」と思われたかもしれませんが、そこはそれ一昔前にはやった「鈍感力」を駆使しながら前進します。

これは日本の高校生グループが、お隣の国で集団万引きした件です。ネットで学校名もばれているのですが、殆どのマスメディアは学校名を伏せています。いずれ全員の氏名がネットに流れることになるでしょう。今までも、twitterやブログで犯罪行為や迷惑行為をさらして炎上。氏名がばれて学校・職場へクレームという事案が発生しています。

今回、非常にまずいのが、一括りで「日本人」が強調されて報道されるのが目に見えているので、モラルの高さこそ日本人の美徳だと考えている多くの人たちの反感を一斉に浴びるのが目に見えています。国内で窃盗を行うこと自体、問題ですが、本人達が自覚してなかったからやったのでしょうが、他国にいったら尚のこと迷惑なことをやっては駄目なのです。
その一部の連中の行為が、その他の人達のイメージになってしまいますから。

志免道場の「円心会館福岡支部」の中に師範の紹介があります。そこで、師範は館長に支部を開くことを辞退されたエピソードを載せていますが、館長の名前を汚したくないという理由であり、福岡で円心の名で道場を開くということは、周りは師範と館長を同一視して円心空手の評価が決まると配慮されたからです。

道場生等の一度でも、師範の空手を体験した人は、その実力は判ってますし。「虎が強い」という様な当たり前の事実を書いても面白くないので、一見、恐ろしく見える「虎」が、実は戦いの場以外では非常に温厚で、ユーモアのセンスがあるという以外な一面(習性)を描きたいのです。
しかし、よく飼育員が安全だとおもっていた「猛獣」にあっさりガブリとやられてますので、私も注意しなければ。笑

しかし、「虎」が「虎」である由縁のエピソードも入れなければ最近の道場生は本当の「虎」の恐ろしさが理解できませんから書いてみましょう。
さて私が入門した当時、師範に伺ったことがあります。

自分 「今まで道場破りみたいな来たことあります?」

師範 「来たことのないけど、夜中に訳のわからん電話かけてくるやつおるよ。」

自分 「ほう、それは命知らずな!」

師範 「訳わからんこといって来たけど、番号通知でかけてたのに気づいて、すぐ弁解の電話がかかってきた。笑」

自分 「ちなみに道場破りが直接来たら受けますか?」

師範 「受けるよ。受けんかったら館長が逃げたと思われるやん。」

自分 「素性の判らん奴とやって万が一にも遅れをとったらとかは思われないんですか?」

師範 「そん時は得物を使ってでも相手を○して、俺もその場で腹を切るけん。内弟子は、そんな覚悟で道場をやっとるはずよ。」

と気負うことなく、あっさり語られます。

館長が「これ程の男はいない」とおっしゃる理由は、師範の円心空手に対する、この「覚悟」からなんです。

ちなみに、自分が「道場破りが来たらどうする?」聞かれたら答えは決まっています。

「受けるよ。師範に電話して都合を聞いて、相手に日時と場所を指定して再度、来てもらうよ。そんな世の中、自分の都合だけで回ってる訳じゃないんだから。」

オープンの大会開いてる流派の道場に来て、いきなり組手させてくれとか非常識ですし、同意の上でやっても怪我させたら問題なります。(実際、他流派の有名選手の本にでてます。)
そして自分が受けて、もし負けたら師範の実力が疑われるし、勝つにしても師範と違って余裕がないんで、コントロールできずに必要以上にダメージを与える恐れがあります。
更に100%勝てる方法があるのに、それより確率の下がる手段をとるのは意味がないですからね。笑

ホームページ その3

今回はホームページネタに戻ります。
他の話題を書いていると前回、どこまで書いたか解らなくなるので読み戻しました。ドメインの所で終了してましね。その後もレンタルサーバーが壊れてデータが飛んだり、師範のメール受信する設定に悪戦苦闘したり、メカ澤くんにftpの設定を教えるのに手間取ったりと色々とありました。

2012年から時は流れ、2015年3月。志免道場の開設の目処がついた時に、師範が囁かれます。「志免道場のサイト作らないかんね!」 (訳 とっとと作らんかい!)

自分 「本部のサイトに載せるだけで十分じゃないでしょうか?」 (訳 面倒なので作りたくありません)

師範 「いかんやろう! 和白みたいに独自に作らな!」 (訳 押忍の一言でいいんだよ)

自分 「押忍」例のごとく日本人特有の奥ゆかしい表現で伝えますが、当然、師範には伝わりません。

師範 「よろしく!」 まさに矢沢永吉ばりのオーラ(又は北斗琉拳のカイオウばりの魔闘気)で私を暗琉天破で封じ込めます。

そして私は志免道場のサイトを作る作業に入ります。
自分がサイトを作るのに気が向かない理由が1つありました。1999年時点ではフレームを使ったレイアウトが許されていたのですが、改訂により非推奨となりフレームを使用した場合、SEO対策で不利になるのです。
そこでフレームを使わずに作る方法がCSS(スタイルシート)なんですが、読者の殆どの方と同じように、自分もチンプンカンプンです。過去に一度、試みて出来なかったし必要もないので、それ以上追求しなかったんですね。

当然、レイアウトが作れないので、いきなり躓きます。
「まてよ! 以前、ホームページビルダーの解説本を買ったような?」
ありました。正に新品のまま2009年から眠っている本が。

1時間経過。全く進みません。CSSの説明書きをみてもピンとこないので全く進みません。
埒があかないので、本のExampleのページをまるっと打ち込みます。

更に1時間経過。なるほど、なんとなく解った気がする。そうしたら、内容を打ち込んでみて後からレイアウトをいじってみるかと作業開始。

さて、もう一つ問題に気づきます。「内容どうしよう?」
ホームページ その1で書いたとおり福岡支部のサイトの中身は自分と師範で作成したので、まるっとコピーしてもよかったのですが、間違いなく「手抜きすぎやろうもん!」と師範の暖かい激励(訳 作りなおさんかい!)という場面がありありと目に浮かびます。

「北斗神拳に絶望はない」かも知れませんが、私にはあります。当然、師範の剛の拳に対し剛の拳で対抗するようなケンシロウの真似はもっての他です。自分のとる手段は一つ、トキの柔の拳のように「静水の如く拳を受け流して隙を突く」このスタイルしかないのです。

その4へ続く

ウエイト

本田先生のブログを読むと、本田先生がウエイトコントロールをしているという記事が掲載されていました。今回はこれにちなむ話題でも書いてみます。

自分の身長が172cmなんですが、体重を最高75kgまで増やしていた時期がありました。これも、いつか詳しく書く予定ですが、師範より全日本に出場する様勧められ(強制的な徴兵)、軽量級に出場する為に70kgまで体重を戻しました。

そもそも円心に入門した時には、61.5kgだったのをウエイトトレーニングで増量した結果が75kgだったんですが、流石にランニングのスピードのペースを維持できなくなり、全日本以降は大会にでない時でも71kgを維持していました。ベンチのmaxが120kgで、フルスクワット135kg×5rep×3set出来てたので、とりあえず現在も、この数字を目安としてトレーニングをやっています。

3月に入り風邪を引いたあたりから、トレーニングが出来なかったりとしてるうちにベンチが117.5kg挙げてたのが、115kgと数字が落ち始めました。そして、今日は110kgしか挙がらない。スクワットも膝を痛めて数年、まともに出来ていなかったんですが、フルで132.5kg×4回まで戻ってたのが、昨日は1回挙げただけで目から星がちらつき出す始末。
実は体重が66kgまで落ちたのが原因で、ランニングの調子はよくなったんですが、パワーが軒並み落ちてるんですね。

ウエイトの胸の日は師範と一緒にトレーニングをします。師範は体重75kgでベンチmax160kgを以前やっていました。これウエイトやってる人だと判ると思うんですが、スポーツの補強としてやってるレベルでは化け物レベルです。普通、フルコンを競技レベルでやるなら、ベンチは体重の1.5倍、フルスクワットで2倍が目安になると思います。
この重量になると体が軋む程の重量ですので、怪我防止の為、師範も最近は重量を控えめにしていますが、それでも135kg以上は挙げます。
師範とのウエイトトレーニングは潰れる(もう自力で1回も挙がらない)ところから、お互いに補助をして2~3回挙げます。これをフォーストレップといいます。

さて、ここからが本題です。師範が私に会うなり、「すぐ俺をディスるちゃけん!」と暖かいお言葉が。そうです、このブログは完全に監視されいる訳です。笑
どうも「ホームページについて」での師範に対する表現に、不適切な箇所があるとBPO以上の厳しい指導があり、翌日の「読者ターゲット」で釈明をしていたのですが、全く効果を発揮していない御様子。師範は滅多に怒らないのですが、礼儀には非常に厳しいんです。当然、「押忍」と私は神妙に答えます。ある決意をこめて。

ところで師範は最近、ふくらはぎを肉離れをしていて、回復中なんですが踏ん張ったりすると痛みが走る状態なんです。いつも通りにベンチを始め、私は115kgに挑戦して潰れます。そこで師範が補助に入ります。また、追い込みの105kgで潰れた後に補助してもらいながら挙げるのですが、次下ろしたら絶対に力が入らないと確信しましたが、あえて踏み込みます。

限界まで力を出しきると、補助する側にかなり負荷がかかります。
そうです、一見、自分を追い込んでるようにみせかけて、師範がバーベルを引き上げるトレーニングになっている状況なんです。ベンチの補助は力の入りにくい体勢なんで、結構、踏ん張ることになります。
ここまで読めばご理解できたでしょう。

師範からのBPOばりの指導に対し、師範のふくらはぎを狙ったテロ行為を実施していた訳です。笑
さすがに師範から「治りかけのふくらはぎが、危なかったけん。」というお言葉が。まさしく目的が達成された瞬間です。「押忍」と日本人特有の奥ゆかしさで答えました今回は真意が伝わらぬ様祈りながら。笑


この内容は梶原一騎ばりにノンフィクションを基にした、フィクションです。

読者ターゲット(改定版)

和白道場の本田先生もブログを書かれていますが、皆さんご存知でしょうか?
本田先生のブログ以前から、自分は読んでたんですが内弟子時代のお話など非常に面白い内容です。奥様もブログをやられており、志免道場の紹介等を道場開き前にしてもらったりと、ありがたいことです。

さて昨日、本田先生のブログを読みにいくと「読んでます」と、このブログを見てもらってたんです。そもそも、このブログの読者ターゲットを誰に向けて書いているのか自分自体が、わかっていません。その理由は「ホームページについて」で、おいおい明かします。例えば、「ご父兄」、「道場生」、「空手に興味ある方」、「一般の方」、「指導員」、 「師範」等の誰に向けて発信するかによって「内容」と「表現方法」が変わってきます。

話はそれますが「Vフォー・ヴェンデッタ」という映画があります。ガイ フォークスの仮面を被った人物が主人公で、ハッカー集団のアノニマスが、ガイ フォークスの仮面を被っているのは、この映画の影響です。役者さんは仮面を被っているので、判らないのですが「マトリクス」のエージェント スミスや「ロード オブ ザ リング」のエルフの王様を演じていたヒューゴ・ウィーヴィングです。この映画の中で、「芸術家は真実を伝えるため、政治家は真実を隠すために嘘をつく。」という台詞があります。

これは小説や映画等は製作者の自分の伝えたい事を、読者にわかりやすく伝える為に虚構の世界を構築しているということです。また真実と事実は別物です。例えば悪意をもってやったことが、逆に相手の為になる。アルプスの少女ハイジの中で、ペーターがハイジと仲がいいクララに嫉妬して、クララの車椅子を壊します。結果、このお陰でクララは立てる様になります。アニメでペーターの心情が描かれてますので、視聴者はペーターの本音を知ってます。

でも現実世界だったら、ペーターがクララのことを思ってやったんだと言い張れば結果を見れば他者は納得せざる得ません。ペーターがクララの為に善意でやった。これは「事実」になり得ますが、「真実」は悪意でやったこと。
この様に、「真実」と「事実」は合致しないこともあるのです。

えらく遠回りをしましたが読者ターゲットは判りませんが、このブログは自分がいかに「師範」を尊敬しているかの「真実」を伝える為に、嘘をつくかも知れません。笑 
逆に、「事実」が本当は「真実」とかけ離れた物かも知れませんが、そこはそれ、暖かい目で見ていただける様、お願いします。

最後に「Vフォー・ヴェンデッタ」の自己紹介をご紹介します。その場面の映像はこれです。

日本語訳は、
「さて!ご覧の姿は道化師のもの。時に弱き物を、また、時に悪しき物を演じることも。仮面はただの虚飾にあらず。もはや素顔をさらして歩ける世界ではないゆえだ。しかし、この厄介者が再び姿を現したのは、世の悪を正すため、この腐った世界にうごめくウジ虫を掃除する、そのために。そう、これは "血の復讐(ヴェンデッタ)" だ。復讐の誓いは今も生きている。悪を断ち切り、自由をもたらすために。
少々長い自己紹介になったようだ。要するに、簡単に"V"と呼んでいただければ結構だ。」

吹き替え版での台詞回しも凄いんですが、英語版は何故「V」と名乗るのか、よくわかります。「V」で始まる単語で文章を構成してるのです。ナタリーポートマンの役名はEveyで、これまた「V」が入ってます。だからVは名前を聞いた後に「この世に偶然などない。あるのは必然のみ」と語ります。Vはコミックからの映画化でVは異常に「V」に拘るというキャラクター設定で、それを映画で表現する為の台詞なのです。最初、吹き替え版を見た時には、台詞回しが凄いなとしか感じなかったのですが、英語字幕を見てやっと自己紹介の意味が解りました。あの「V」で始まる単語はコミックでの1話ごとの題名のはずです。そして何故拘るのかの理由も映画で明かされています。

この映画は「恐怖により統治された社会システムを独裁者によって生み出されたVが、怒りによって、たった一人で社会システムを破壊する」という内容です。だからVの自己紹介の声だけでも、怒りが伝わってきます。
この映画をの内容をあらわす劇中の台詞は「人民が政府を恐れるのではない、政府が人民を恐れるのだ」です。

ホームページについて その2

足と腰に筋肉痛が残ったままランニングしましたが、やっぱりペースを維持できなかったですね。12.8km/hで4km走るんですが、3km目でペースを落として12.6km/hアベレージでした。結構、凹みます。ペース落とした、たった5分間の為に15分近く走った分が無駄になった気がするんですね。来週、またチャレンジです。

さて、ホームページの件に話が戻るんですが、最初にこれは書いておきたい。今週、発売されている「修羅の門 第二門」で「空手」の説明が書いてあったんですが、ホームページの「円心空手」に書いてる「唐手」→「空手」の件が、まる被りでした。この漫画は自分が大学の時から読んでるんですが、全くの偶然なんですよ。ただアップロードと販売されたタイミングが被ってるんでパクリと思われてもしょうがないですが、このblogを読んでる人には理解してもらいたいですね。

話はちょっと遡り2011年あたりから、師範がSEO対策(google等の検索ページで上位ヒットするようにホームページを最適化する)について、言い出されはじめました。確かに検索して3ページより後のページに載っても、検索した人たちは、サイトを訪問しないですよね。外部からリンクされている数でそのページの重要度を測るシステム(現在は無茶苦茶なリンクの張り方してたらペナルティ受けます)なんで、なかなか難しい。

そこで師範が独自のドメインを持った方がいいと聞きつけると、「うちもドメインを取ろうよ!」と提案という名の下の指示がありました。こっちは以前MacやメインフレームのDASDを販売してたんですが、売る側は使う側よりもコンピュータに興味がないんですよね。だって売ることが仕事であって、使うことで仕事してる訳じゃないわけですから。そこはそれ、師範には、そんな理屈は通りません。「Tomyなんとかなろう?」疑問形を装った更なる示威行為とやんわりと詰めてまいります。「押忍」と日本人特有の奥ゆかしいニュアンスをで伝えたのですが、「Tomyよろしく」と全く伝わっていません。

そこでネットで調べると、ドメインをとってもレンタルサーバーを契約しないと使えないとわかりました。ドメインを取得し、レンタルサーバーを契約しましたが、こんどはサイトを公開する方法がよくわからない。以前は契約プロバイダーで提供しているサーバーにアップしてたんですが、レンタルサーバーと独自ドメインを組み合わせてサイトを公開する方法は、少し手間がかかるんですよ。

一度、やってしまえば簡単なんですが、最初はよくわからないから探り探りなんで時間がかかります。やっとアップしたと思ったら「org」じゃなくて、「jp」のドメインがいいと師範が言われます。さらに、サバキチャレンジのドメインも取らないかん。」と審査の基本の三本突きのように、コンビネーションで攻めてくるではないですか。

結局「enshin.org」、「enshin-karate.jp」,「sabakichallenge.com」と3つのドメインを取得することとなります。
ちなみに「enshin.com」が国際総本部、「enshin.jp」が増田道場だったので、最初に「enshin.org」を福岡支部の為に取得したんですよ。

その3へ続く

今日の稽古

本日の志免道場の出席は16名でした。I騎とF崎三兄弟や、Rちゃんが来てくれて非常にたすかりました。陣ノ内先生や本田先生のお陰です。アクシオンの子達だけでなく、本部・和白の子達も来てくれるのは嬉しいかぎりです。
これで福岡市近隣は月曜から日曜日まで、稽古がどこかでやっている状況になりました。

自分が入門した時は福岡支部の稽古は火・木・土曜の高宮道場だけでした。その後、久留米道場ができてアクシオン、田島、大楠、田主丸、本部道場と数が増えて、場所の確保の問題により田島と大楠道場を廃止。5年前に福岡で2番目の常設道場の和白ができた時点で6ヶ所。道場を増やすのは凄く大変なんです。まず最初に指導できる人間の確保が難しい。そして稽古場所の確保。
福岡支部は指導できる技量の黒帯がいても、必ずしも決まった時間に会社を上がれない仕事をやってる人達が多いんです。だから自分は日曜クラスを担当することになりました。隔週土曜の会社だった上に、週末しか福岡に戻ってきてなかったんでハードだったんですが。

しかし全く比較にならないのは陣ノ内先生。ビジネスマンクラスの高島先生の会社に務めているので、金曜日に早く上がれる様に配慮してもらっているんですが、寝る暇ない位ハードな仕事をしています。自分もAM2時過ぎまで会社、翌日7時に仕事開始。20~22時に会社を抜けてウエイトトレーニングして、会社に戻るという生活を数ヶ月やりました。それも何度か経験しましたね。ホワイトカラーの職でしたが、現場が追いつかないので工場に入ったり、配達の手伝いや現場で施工したりと。でも陣ノ内先生のレベルは無理です。数ヶ月というレベルでなく、年間通じての上に会社の仕事以外にも夜中働いてますから。(念のためお金の為ではありません。)

空手で養った精神力でといえば格好いいんですが、陣ノ内先生のレベルは全く関係ないですね。(笑)
少年部の子達に、今言ってもわからないでしょうけど、世の中、学生のうちに苦労し社会人でコストパフォーマンスのいい仕事につくか、学生のときに遊んで社会人になってコストパフォーマンスが悪い上に、しんどい仕事するかなんです。楽する為に今苦労する。これが一番、楽なんですよ。親が勉強しないさいというのは、この方が効率がいいからなんです。
2×96=192 掛け算覚えるのは面倒ですが掛け算で答えを出すのは簡単です。でも覚えずに2を96回足す作業やるとしたらゾッとするでしょう。こんな苦労は馬鹿馬鹿しいです。同じ結果を得る為に時間と手間をかける。仕事が趣味じゃない限り、お金を稼ぐ方法は楽に短時間な方がいいと思いますよ。お金は手段であって目的じゃないですから。

多分、陣ノ内先生は学生時代に社会人になったときの分まで先に遊んだでしょう。そうじゃないと、陣ノ内先生のハード過ぎる人生は説明がつきません。(笑)

ホームページについて その1

3月30日の道場開きには、林師範、陣ノ内先生をはじめ、黒帯の先輩達や遠くから来てくれた生徒の皆さんありがとうございました。

道場開きの件は、おいおい書き込むことにいたしまして、今回はホームページの件について書いてみたいと思います。

志免道場のホームページですが、これは4/3の午後から作成開始して翌日の午前中に暫定版が完成しました。
元を辿ると、国内の円心会館のサイトをどこの支部も作成してなかった1999年4月13日に林師範の希望により、福岡支部の旧ウエブサイトをアップロードいたしました。

この時は、どこにもサイトが存在しないので、最初に内容や構成を自分が作成し、林師範に内容のチェックしてもらいながら修正して、師範と一緒に作成しました。ちなみに現行のサイトの内容は旧サイトから引き継いでいます。

日本で最初の円心のウエブサイトを作成したのは福岡支部だったのです。その証拠に各支部のサイトの文章や構成等なんか似てるんでしょう? 
これは、福岡支部がオリジナルなんです。

さて現福岡支部のサイトの作成管理はメカ澤くんが、やっており自分はタッチしてません。仕事が忙しく更新がなかなか出来ない状況だったのと、稽古風景、試合、合宿等の画像や動画を載せたり、PDFファイルをダウンロード出来るようしたいという師範の要望にその当時の作成アプリのバージョンの関係上、対応できなかったんですね。

ここまで読んでもらったら判ると思いますが、アクティブに働きかけてるのは全部、師範なんですよ。
ちなみに1999年時点、師範はパソコンのことやインターネットの知識については皆無の状況に近く、生徒の募集はタウンページに広告を載せ、入会してくる生徒さんは知り合いの紹介を除けばタウンページ経由が多かったんです。
うちは「えんしん」なので50音順で先頭にきて問い合わせが多かったんです。だから結構な広告費かけて掲載してました。

その2へ続く